かいどぅ

日記など

人の死と花束、原子

お通夜が始まる。

[Official Music Video] Perfume「VOICE」

カクつく挙動が見ていて不安になるipadで気が狂うくらいパフュームの曲をガタガタの音で聴きながらブログを書き終えて下の階に降りた。

居間には沢山の黒い喪服を着た人で、本当に溢れるくらいの数がいた。おれの家はこんな数の人間を収容できるのかと感動したとともに、密です…と東京都知事のようなことを考えていると、メガネをかけた何人ものおじいさんが同じ髪型をしてうちを訪問したのだが、その内の一人が「前にきてみ」と声をかけてくれたので人の間を通ってみると布団の上に寝たおじいちゃんがいた。

二日前に見たときは笑っているようにも見えたが、日を置いてみると眠っているときの表情になっていた。口の周りの造形が、入れ歯を外したのでアゴが外れたようになっていた。遺体に入れ歯を入れたままにするのかは遺族の任意で決定するらしいがうちの場合は抜いたらしい。

何も手を施していないとこんな形になるものを、今まで入れ歯を入れていただけで普通の顔になるとは無理矢理な医学もあるんだなと思った。(科学的な考えがあって作られてるモノなのは勿論だが)義眼なんかも何百年も前にはすでに存在していたらしい。人工物で身体の機能を補完するというのは近未来感があるが原始的な発想なことに気づいた。

やがて業者の人が来てスケジュールの説明を受けたのち、消毒液っぽい何か(直で飲むとヤバイ類の物だと思います)を染み込ませた脱脂綿でおじいちゃんの身体を拭く儀式が始まった。死んだあとも耳の機能は生きていると言われているので声もかけて欲しいとも言われた。

耳が聞こえるというということは、おそらく脳はまだ微かだろうけど生きているということか。おれは人体への理解度はあの場にいた人間の中では最低だと思うがわからないながらに、心臓が止まると自動的に人は生きることができなくなると改めて思った。まだおじいちゃんは耳が聞こえるというのに……

各自が各自が思った本当のことをおじいちゃんに声がけていた。生前、いつもおじいちゃんを怒鳴りつけて怒っていた父が「父ちゃんありがとう」と大きい声で言った。おれは父がおじいちゃんのことを父ちゃんと呼ぶのを初めて聞いた。その後父が泣いているのを見て、ああこれは芝居とかじゃなくて本当に子供のころ父ちゃんと呼んでいたんだなと思った。

映画館のチケット売り場で映画を見終わった人の泣き顔を映すCMをみると何となく目のやり場に困るおれだが、人が涙を流しているときの喋りに嘘はあまりないといつも思う。涙はなかなか流せるものではない、ということもあるのかもしれない。

死ぬ前の数ヶ月、ほとんど父はおじいちゃんを怒っているばかりだったが、きっと子供の頃は愛情を受けて育てられたんだなと思った。もちろん父の悪態を水に流してはいけないが。

いよいよおれの番が回ってきた。

おじいちゃんになんて声をかけたらいいか。親の前で真剣な態度を取るのは昔から苦手だった。だから学校の入学式や授業参観や卒業式に来る親が苦手で仕方なかった。がこういう羞恥心で何かを妥協したツケがおれが想像できないスケールの後悔になって返ってくるのも知っていたので、とりあえず

「おじいちゃん頑張ったね、ゆっくり休んでね」

と声をかけた。素直に思ったことを言えたので自分の中で悔いはなかった。やがておじいちゃんは着物の形をした布(うまく言えないのですが死装束とも違います。これ以上は言葉にできない)を被せられてハコの中にしまわれた。

ハコを車に移す際におれも手伝うことになった。去年のGWのときに天皇即位の中継を見ながら、三種の神器をわざと落としたらどうなるのかなとか最低のことを考えていたが、ハコを運ぶときにふとそのことを思い出してしまいこれはヤバイぞと震えた。一度人を殴ったらどうなるのかなとかいうことを考えるとキリがない。運搬は無事に終わった。

セレモニーホールに行くマイクロバスの周りには沢山の人がいた。この周辺の地域は人が多いながらもコロナウイルスの感染者が1人で抑えられているらしい。みんなおじいちゃんの死を認識し、手を合わせて、静かに祈っていた。たまたま外をフラついてふと遭遇したであろう黒マスクをつけたヒョロい青年までもが合掌をしていた。

セレモニーホールにつく。色んな人に挨拶をする。お辞儀が深い人。休校で大変だねと声をかけてくれる人。何も言わない人。様々な人がいる。ほとんど知らない人だった。みんなおじいちゃんのことを大切にしていた。

やがて通夜が始まった。会場には三者三様の花、大量の缶詰のお供え、それとまだ白髪染めをして髪が黒かった、おれが親しんできたおじいちゃんが遺影に笑顔で写っていた。

住職にしては明らかに髪の長いお坊さんが入場してくる。お経を読んでいる声とは別に、お坊さんの声にサイン波のような音が乗っているように聞こえた。焼香の番が回ってくる。おじいちゃんの遺影に、祈るというより、敬意を払うように頭を下げた。

型破りのお坊さんだったのでお経を読んだ後何も話さずに退室した(この翌日の葬儀もそうでした)ため予定よりも早く式が終わりスケジュールが全て破壊された。なんかお弁当的な物がラウンジで出されたがバカ舌なので完食できず弟に無理矢理押し付けた。

翌日は葬儀だった。正直寝たときすでに日付が変わっていたが朝の6時過ぎに親に叩き起こされたため身体がバキバキのまま出席した。行く前に見た朝ドラですでに泣きそうだった。ホールのラウンジで死ぬほどコーラを飲んで出席。式中にクソデカいゲップをする確率を増やすことを考えればこれは絶対に間違った判断である。

今日はハコの中に入ったおじいちゃんに花をみんなで入れた。みんなが思い思いに声をかけていた。久しぶりに二人以上の人と一緒にいて優しい気持ちになれた。おれと弟は事前におじいちゃんに書いた手紙も入れた。おじいちゃんがいつもつけていたクマの刺繍がある帽子と、おじいちゃんの勤めていた会社のジャージを入れる。沢山の人が泣いていた。

昼ご飯を食べる。今日も普段食べないような和食料理だったが昨日よりは断然美味しかった。味覚嗅覚のセーフを確認してたくさん食べた。ここ数日あまり食べておらず身体に燃焼するものがなくて朝から枯れていたので胃がデカくなっていた。弟がいらないといったデザートを食べながら、壁の近くにあるおじいちゃんの遺影に気づいた。沢山食べて喜んでるかなと思った。

来てくれた人達と別れて身内でお骨拾いに行く。案内されるがままにおじいちゃんが骨になっている部屋に入る。骨の近くに行くとものすごい熱気が。

やめろ、アトピー患者はヒーターの前にいるだけで体中が痒くなってアンパンマンの鼻みたいなクソデカイ湿疹を纏うんだ……とあまりの熱さに勝手に独白していたおれを横目にお骨拾いの説明があった。骨の周りは300度近い熱で覆われているので素手で触らないようにと言われた。理科の実験でも聞いたことのない数値の熱は触ると絶対死ぬと信じているおれは耳の遠いおばあちゃんがウッカリ直で触らないか心配だった。

骨を足、体、頭の順に拾う。骨を箸で拾うのは、この世とあの世の橋渡しという意味が含まれているらしい。洒落てるなあと思う。

人が死んで火葬場で燃やされた後どうなるのかということを、まだ保育園に行っていたとき親から人間の死ぬシステムを伝えられたときからずっと考えている。

生まれ変わるのか、天国があるのか、原子に還っていくのか。どれにしてももう同じ人間は作れないし二度と目にかかることはないわけである。遺影なり遺骨なり、遺族が死を見届けて一人の人がこの世を生きた証拠をしっかり残すというのは素敵なことだと思う。おれは多分虫みたいな人間にしか及ばないかもしれないけど、しっかり生きた証拠を残していきたい。

外は晴れだった。雲が動く青空をみると無条件に前向きになる。おじいちゃんを火葬場に運ぶバスに乗ったときに花束を持った。ふと最近聴いていたサンボマスターの歌を思い出した。証に花束を贈るってこういうことなんじゃないのと花束の匂いを感じながら思った。セレモニーホールでもらった喉飴は花束みたいな味がした。珍しく噛まずに完食した。 

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